腹痛モデルマウスにおける脳波の特徴の解析
痛みを伴う刺激は、脳の広範囲の活動を変化させます。こうした痛みの研究は、主に脳機能イメージングを用いて行われてきました。脳機能イメージングは、脳全体の活動を同時に計測できるという利点がありますが、時間解像度は秒単位です。神経活動は 1000 分の 1 秒 (ミリ秒) 単位で変化するため、より時間解像度の高い手法で実験・解析することで、腹痛の脳内表象への理解が深まると考えられます。
そこで私たちは、ミリ秒単位で神経活動を計測可能な電気生理学的手法を用いることにしました。疼痛に関連する 8 つの脳領域に電極を埋め込み、脳波計測を行いました。結果として、腹痛モデルマウスにおいて、低周波帯域の脳波強度が低下すること、この脳波強度の低下と疼痛様行動の回数が相関することを明らかにしました。将来的に、こうした脳波の特徴は、鎮痛薬開発のためのバイオマーカーとして応用できるかもしれません。
さらに私たちは、この腹痛モデルを使って、脳波データの解析における、AI モデル "Transformer" の有用性を検証しました。
"Transformer" は、Chatgpt で用いられる AI モデルとして有名です。Chatgpt では、文章の前後関係のつながりを解析することで、入力した質問に対して返答を行います。こうした処理が可能である理由は、"Transformer" が前後関係のあるデータ解析に強いためです。 そこで私たちは、脳波データも、同様に、前後関係のある時系列データであることに着目し、"Transformer" は脳波データの解析にも有用なのではないかと考えました。まず、酢酸投与前後 (つまり、腹痛が起きる前か後か) の脳波の波形を "Transformer" に学習させました。そして、"Transformer" に脳波の波形 (学習時に使用していないデータ) を提示し、その脳波が、酢酸投与の前と後どちらで計測された波形なのかを判定させました。結果として、約 98 % の精度で、脳波の波形が、酢酸投与前後どちらで計測されたものなのかを判定することができました。この精度は、従来用いられてきた AI モデル "AlexNet" よりも高いことが示されました。このことは、脳波解析における AI モデル "Transformer" の有用性を示しています。
詳細はこちら ① プレスリリース、② 論文: Kayama et al., 2024